人的資本経営

経営戦略に沿った人的資本投資で「なりたい会社」になる 第2回:山陰合同銀行の事例にみる戦略的人的資本投資

第1回では、「人的資本投資で重要なこと」として、人的資本投資ストーリーを構築することの必要性について述べるとともに、効果的な人的資本投資のための4つの実践ステップを紹介した。第2回は、山陰合同銀行の事例をこの4つのステップに沿って紹介したい。同行は、鳥取県・島根県を拠点とする地方銀行であるが、近年は近畿地方や東京にも進出し事業エリアを拡大。加えて、デジタル地域通貨の発行を通じて山陰地域活性化に向けた新規事業に取り組むなど、従来の地域金融機関の枠組みを超えた事業展開を図っている。

目次

山陰合同銀行の経営戦略

【STEP1 経営戦略策定】

山陰合同銀行では、2024~2026年度の中期経営計画で、「課題解決による成長戦略」を掲げている。その中で伝統的な地域金融機関としての業務に加え、成長戦略として、法人向けの経営コンサルティング業務と個人向けの資産運用コンサルティングの強化を打ち出している。

法人向け経営コンサルティング業務の強化については、金融業務領域以外の顧客接点と付加価値創出を図ろうとしている。同行は、これまでも従業員のコンサルティング能力の強化に取り組んでいて、山陰地域における「全員コンサル」の実現に向けた施策を展開していた。現在はこの施策を一歩進めて、「全員コンサル」を山陰地域のみならず、山陽・関西・東京といったより広範な地域で展開することを目指している。

一方個人向け業務では、特に資産運用の「提案力」強化を方針としている。具体的には預かり資産の拡大や投資信託の積み立て買い付け額の増加を目標に置き、個人顧客との取引拡大を図っている。

このほか上記に加えて、全社デジタル化推進による業務効率化と人的資本戦略についても重要施策として位置づけており、これらに取り組むことで、企業価値向上を図っていくことを明確に打ち出している。

山陰合同銀行の人材戦略

【STEP2 経営戦略を実現するための人材像の設定】

総人員2,700名を維持しつつ、その人員構成を変化させることで、人材ポートフォリオの入れ替えを図っている。中期経営計画では、経営戦略を実現するために「法人コンサル」「アセットコンサル」「デジタル人材」「融資・外為」「ローン」「窓口サービス」という6つの分野で人材像を設定。特に前述のように法人向け・個人向けのコンサルティング機能の強化が不可欠となるため、「法人コンサル」「融資・外為」「デジタル人材」といった戦略分野への人員配置増を計画している。また、各人材像に対して、ハイクラス/スタンダード/ベーシックの3段階でのスキルレベルが設定されており、各人材像・各スキルレベルについて、目標人員数を定めている(図表1)。

図表1 山陰合同銀行における各分野の人物像と目標人員

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出所:山陰合同銀行「中期経営計画 2024年度‐2026年度」を基に三菱総合研究所作成

【STEP3 上記人材像に基づく社内人材の可視化】

各人材像に対して約20項目に及ぶチェックリストを整備し、各職場でチェックリストを活用したアセスメント(評価者:上長、被評価者:部下)を実施することで、社内人材のスキル可視化を図っている。またスキルのほか、実績・成果物や実務経験など総合的に判定し、スキルレベルを認定している。後述するように、この可視化により、同行が掲げる成長戦略を実践するには「法人コンサル」「アセットコンサル」の人材が不足していることが明らかになり、その結果がSTEP4の人材ギャップ解消施策に活かされている。

なお各人材像のレベル別スキル認定者数は、所管部署と人事部で議論した上で、目標値設定がなされている。これらのスキルレベルは、管理職登用を判断する際の指標1のつとなっており、現時点の人材のスキル可視化だけでなく、各行員たちがより高いレベルを目指すインセンティブにもなっている。

【STEP4 不足する人材に対するギャップ解消施策の実施】

同行の取り組みで特に重要な点は、「いつまでに」「どのような人材を」「どれだけ育成するか」が具体的に定まっている点である。これらの目標は事業目標から逆算された目標であり、人材戦略の達成が事業目標の達成を支える前提条件として機能するように設計されている。

中期経営計画期間の3年間で、店舗再編などの構造改革やデジタル活用による生産性向上を進め、法人向け経営コンサルティングや個人向け資産運用コンサルティングなどの戦略分野への人員配置を進めることを決めている。戦略分野は、先述のとおり、各分野のスキルを有する人材をレベルごとにどの程度育成するかを定めて、各分野の育成手法を整理し、従業員向けに展開している。

ここでは特徴的な事例として、「法人コンサル」「アセットコンサル」の人材像について紹介したい。

「法人コンサル」の育成

同行は、経営コンサルティングサービス強化に取り組んでいて、M&Aアドバイザリーや事業デューディリジェンスといった金融業務の専門性を活かしたサービスから、ICTコンサルティングや人事コンサルティング、人材紹介等まで、幅広い経営コンサルティングメニューをそろえている。経営コンサルティング業務の強化にあたって、外部の経験者採用と併せて、従業員に対して外部コンサルティング企業からの知見を取り入れた質の高い教育研修を実施するなど、高度な専門スキルを持つ人材の育成を図っている。

「アセットコンサル」の育成

個人顧客の資産運用を支援するアセットコンサルティング領域の強化に向けて、2020年から野村證券とのアライアンスを構築している。島根県・鳥取県に存在した野村證券の支店機能を統合するとともに、野村證券からの出向者の受け入れなどを通じて、スキル・ノウハウの移転を図っている※1。野村證券とのアライアンス構築を行うことで、取扱商品の幅を広げるとともに、同行の営業人材に対して、資産運用に関するスキル獲得を促している。

山陰合同銀行の人的資本投資ストーリーを読み解く

成長戦略や組織が向かうべき方向性が明確に示されており、注力すべきビジネス領域および各領域でどのレベルの人材をどれだけ必要とするかを解像度高く整理することができており、経営戦略と人材戦略の連動の観点から高く評価できる。また、これまで培った金融業務を中核にしつつ、サービス領域を拡大させるための道筋が人的資本の裏付けとともに示されている点は、成長戦略を評価する株主の目線でみても、その実効性を高く評価することができる。

加えて、成長戦略の実現に向けて従業員に求める専門能力を明確化するとともに、外部の力も積極的に借りながら、その能力を高めるための仕組みを充実させていったことが特徴である。特に、野村證券との綿密な連携を通じて、同行の行員に資産運用に関する営業ノウハウを蓄積させている点は特徴的である。銀行業と証券業では社風も異なり、当然ながら従業員に求める能力も異なる。一方で成長戦略の観点では、同行の証券業務を強化することは必須であった。野村證券からの出向者受け入れや野村證券から講師を招くなどして、積極的に同社のノウハウを吸収し、人材育成を行っている。同様の取り組みは法人コンサルについても行われており、コンサルティングを専門とする企業からのノウハウ吸収を図っている。

外部アライアンスを行う場合、機能や役割を分担することで、それぞれの強みを活かせる反面、自社のケイパビリティのない業務には手を出さず、外部企業任せにしてしまい、結果として単なる営業協力にとどまり、自社内の組織・人材に新たなケイパビリティが獲得できない例も多い。その点で同行は、外部アライアンスによって行員に専門能力を獲得させるような設計を行うことで、組織のケイパビリティを高めることにつなげている。経営戦略と連動する形で、戦略的に人的資本投資を行っていることが分かる事例である。これらの取り組みを継続することで、将来的に注力分野で業務ケイパビリティを持つ従業員を大きく増やすことができ、同行の成長につながると考えられる。

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