人材育成

DX推進のカギは、人材要件の可視化にあり

INSIGHT

日本企業にとって、DX推進による生産性の向上は喫緊の経営課題だ。DX推進を担う人材の育成・確保に向けて企業・政府はさまざまな施策を講じているが、目指す姿の実現にはまだ課題が多い。日本のデジタル人材育成はなぜ奏功しないのか? この連載では、デジタル人材が行う業務や求められるスキルを明らかにし、育成・確保のカギとなる人材要件を示す。第1回は、デジタル人材育成・確保が進まない背景を探った上で、人材要件可視化の全体像を提示する。

目次

DX推進待ったなしの中、進まない人材育成

深刻化する人材不足を背景に事業変革と生産性向上を迫られる日本企業にとって、デジタルトランスフォーメーション(DX)は待ったなしの経営課題だ。IPA(独立行政法人情報処理推進機構)が2024年に行った調査では、DXに取り組む日本企業は年々増加し、2023年では74%が何らかの形でDXに取り組んでいるという※1。当社が実施したDX推進状況調査でも、これまでの成果や目標達成状況には差異があるにもかかわらず、約80%の企業がDXの取り組みを継続・拡大する意向を示している※2

こうした動きを後押しすべく、政府もDX推進支援に本腰を入れている。経済産業省は、DX推進のガイドラインとしてデジタルガバナンス・コードを公表し、「DX実践の手引き」や「DX銘柄・DXセレクション」の選定を通じてグッドプラクティスの事例共有を行っている。また経済産業省以外でも、厚生労働省や文部科学省をはじめとする各省庁がデジタル人材育成を目的とした補助金の交付や助成事業の実施に力を入れている。内閣府によると、「2030年までに230万人のデジタル人材育成」という政府目標に対して、2022・2023年度では単年目標を10万人単位で上回る育成実績が上がったという※3

一方、デジタル人材の育成・確保に関して、企業側の認識は、政府が公表する実績とはかなり様相が異なる。先のIPA調査では、DX を推進する人材の量と質について、85%以上の企業が不足している(「大幅に不足している」+「やや不足している」)と回答している(図1参照)。さらに人材不足は年々深刻化しており、DX推進人材の量・質が「大幅に不足している」とする企業が急増している。この状況を見ると、企業が求めるデジタル人材と、国が進めるデジタル人材育成施策の方向性に、何らかのミスマッチがあることがうかがわれる。

「デジタルスキル標準」活用の可能性と課題

デジタル人材のスキルを定義する指針はすでに存在している。DX推進に必要なスキル要件を定める公式な標準として、経産省主導で策定された「デジタルスキル標準(Digital Skill Standard、以下DSS)」であり、2022年12月に初版が公開され、2023年8月、2024年7月と2度にわたり更改を重ねている。

DSSは、求められるスキルを大きく「DXリテラシー標準」と「DX推進スキル標準」に分けて定義している。前者は、DXに関して全てのビジネスパーソンが備えるべき知識を指針としてまとめている。一方、後者は、DXを推進する人材を5つに類型化し(図3参照)、さらに15のロール(役割)に分類した上で、必要なスキルをロール横断的に定めている。人材要件を明確化する上では、後者の「DX推進スキル標準」をうまく活用していくことがポイントとなる。
 
図3 デジタルスキル標準が定める「DX推進人材」5類型・15ロールの概要
デジタルスキル標準が定める「DX推進人材」5類型・15ロールの概要
出所:経済産業省・IPA「デジタルスキル標準1.2」を基に三菱総合研究所作成
 
特筆すべきは、DSSがIT産業に就業する人材ではなく、ITを使う側であるユーザー企業の人材を主要ターゲットと位置付けていることである。ここが、IT産業人材のスキル可視化を主眼としたITSS(ITスキル標準)とは異なるところである。ユーザー企業の現場からは、「社内に散在しているデータを確認し活用策を提案する」「システム部門の技術者と協働して事業部門の課題・改善ニーズを要件として定義する」「経営層、技術部門、事業部門を行き来し、相互理解と改革風土を醸成する」といったスキルがDX推進に求められる、との声が聞かれる。DSSでは、こうしたユーザー企業目線のスキル要件を含むロールが定義されている。自社のデジタル人材のスペックを明確にしたいユーザー企業にとって、DSSは強力なツールとなる可能性を秘めているといえよう。

しかし、現時点では一部の大企業を除いて十分に活用されているとはいい難い。先のIPA調査では、企業によるDSSの認知度は40%強、実際に「活用している」と回答した企業は15%に満たない※4。活用が進まない背景には、DSSが定めるロールやスキルを、自社人材の業務に紐づけて考えることの難しさがありそうだ。

また、「ビジネスアーキテクト」や「データビジネスストラテジスト」といった呼称は、そもそもユーザー企業にはなじみが薄い。DSSが各ロールについて定義する責任範囲や主要業務を読み込めば、自社の業務にフィットする部分が見いだせるのだが、カタカナ表記の15ロールはユーザー企業にとって敷居が高く見えてしまう。また、各ロールで必要とされるスキルを、自社人材がどの範囲でどの程度まで習熟すべきなのかが、DSSには記載されていない。DSSはあくまでデジタル人材を定義する「モノサシ」であり、自社の事業戦略と照らし合わせて「各ロールがどの部署にどの程度必要なのか」という問いに答えてくれるものではない。目指すべきデジタル人材のポートフォリオは、DSSを活用しつつ、個社であれば事業戦略、業界であれば業界特性と連動させつつ、自ら形作ることが必要となる。

自身のDX戦略に対応したデジタル人材ポートフォリオを、DSSに準拠して構築するのは簡単なことではない。しかし、デジタル人材の要件を示す有用なツールであるDSSを、より使い勝手の良いモノサシとすることはできないのだろうか。

DSS準拠でのデジタル人材の可視化に向けて

以上に示した問題意識を踏まえ、この連載コラムではDSSを、デジタル人材の要件可視化のための使い勝手の良いモノサシとすることを試みたい。具体的には、DXの推進に当たって「どのような役割の人材がどこにどの程度必要なのか」を特定する手助けとなるような定量材料を提示する。図4に示す4つのステップで定量化を行った。

最初のステップとして、企業がDSSと自社の事業戦略を連動させるため、15のロールをタスク(職務)レベルに分解し、タスクベースでの定義を行った。具体的には、DSSが示す各ロールの責任範囲や主要業務、必要スキルをデータ化し、生成AI※5を用いて職業横断的なタスク情報との紐づけを実施した。今回の試みでは、職業横断的なタスクとして米国O*NETの「詳細ワークアクティビティ(DWA)※6」を使用しており、ロール別のタスク実施率を求めるに当たっては米国労働統計局の職業別雇用賃金統計(OEWS)を用いている。
 
図4 4つのステップで、デジタル人材の定量材料を提示
4つのステップで、デジタル人材の定量材料を提示
三菱総合研究所作成
 
次に第2ステップとして、DX推進に必要なロール(役割)が日米でどの程度増えているのかを、過去データに基づいて可視化した。ここでは、過去5年間の日米の労働市場データを用いて、どの役割や業務のニーズが高まっているのかを、ユーザー産業の動向を中心として特定している。この結果は第2回のコラムで示す。

第3ステップでは、日本企業がDXを実現するために必要となるデジタル人材需要を、DSSにある15ロールに準拠して推計した。ここでは、当社保有の「デジタル技術導入・普及シナリオ」に基づいて2035年にかけてのDX推進人材需要を試算している。これらを基に、第3回のコラムで、デジタル人材育成・確保の一つの姿を提示する。

第4ステップでは、企業の事例研究に基づき、より具体的な人材要件や企業内での役割分担を明らかにした。人材要件や役割分担は企業や業界の特性などに応じて千差万別だが、DX推進人材についていくつかの典型的なペルソナを可視化し、育成・確保の方策を提示する。事例研究の結果は、第4回のコラムで示す。

具体的な定量材料の提示は次回以降となるが、ここでは最後に、ステップ1で行ったタスクベース定義の事例として、「データビジネスストラテジスト」のタスク構成を提示する(図5参照)。

データビジネスストラテジストは、「事業戦略に沿ったデータの活用戦略を考えるとともに、戦略の具体化や実現を主導し、顧客価値を拡大する業務変革やビジネス創出を実現する」という責任を担う。データサイエンティストの類型の中でも、自社内の関係者とのつなぎ役になるような役割を果たす。役割の名称からはデータ解析系の業務を連想しがちであるが、紐づいたタスク構成を見ると、調整やコミュニケーション系のタスクが時間ベースでほぼ半分のシェアを占めていることは特筆に値する。ここで存在感を示している「調整・開発・管理・助言」や「相互コミュニケーション」に分類されるタスクは、DX推進人材の重要な要件として、次回以降のコラムでも注目していくこととなる。

この連載では、デジタルスキル標準という共通言語を通して、デジタル人材の育成・確保の課題を浮き彫りにすることを試みる予定である。なお、本コラム脱稿後の5月23日に、経済産業省より「Society5.0時代のデジタル人材育成に関する検討会」の報告書が公表された。副題に「スキルベースの人材育成を目指して」と掲げられたこの報告書が示す視点は、われわれが抱く問題意識と深く通じるものである。我々の試みが、DXの推進に取り組む日本企業や政府の取り組みを支える一助となることを、心より願っている。
 
図5 調整・コミュニケーション系タスクが業務の約半分を占める「データビジネスストラテジスト」のタスク構成比
調整・コミュニケーション系タスクが業務の約半分を占める「データビジネスストラテジスト」のタスク構成比
注:図中の円グラフの構成比は、紐づいたタスクが業務に占める時間をベースに算出したシェアである。
出所:IPA「デジタルスキル標準」、米国O*NETデータ、米国労働統計局「Occupational Employment and Wage Statistics」を基に三菱総合研究所作成
 

※1:独立行政法人情報処理推進機構(IPA)「DX動向2024」2ページ「図表 1-1 DXの取組状況(経年変化および米国との比較)」および6ページ「図表 1-8 DXの成果状況(経年変化および米国との比較)」より。
https://www.ipa.go.jp/digital/chousa/dx-trend/eid2eo0000002cs5-att/dx-trend-2024.pdf(閲覧日:2025年5月20日)
※2:DX推進状況調査結果【2025年度速報版】(ニュースリリース 2025.4.10)9ページより。
※3:内閣官房 新しい地方経済・生活環境創生本部事務局「デジタル人材育成の取組」(2025年3月5日)4ページより。
https://www.gender.go.jp/kaigi/senmon/keikaku_kanshi/siryo/pdf/ka41-2.pdf(閲覧日:2025年5月20日)
※4:IPA「DX動向2024」45ページ「図表 4-1 政府系施策の認知・活用状況」より。
※5:今回の作業においては、OpenAIのChatGPT-4oを使用した。
※6:米国O*NETでは、職業固有のタスクに加えて職業横断的なDWAを定義し、職業固有のタスクとの紐づけを行っている。厚生労働省が提供する職業情報データベース「job tag」も「仕事の内容」として職業横断的タスクを定義しているが、粒度が荒い(米国の2,083分類に対して42分類)ことに加えて職業固有タスクとの紐づけが行われておらず、今回のような職業横断的な分析には適さないことから、利用を断念した。

 

 

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