人材ギャップ(Asis-Tobe)

独自推計で捉える、日本のDXを担う最適な人材ポートフォリオ

INSIGHT

2035年のDX社会実現に向け、日本が必要とするDX推進人材は86万人──。これは当社がデジタルスキル標準(DSS)に基づいて推計した人材の需要量である。加えて、この分析では、ITサービスを利用する側の企業(ユーザー企業)についてのDX推進人材の内製化の進展状況や、今後普及が見込まれるAIエージェントによる働き方への影響までを考慮した。第3回となる本コラムでは、以上を踏まえ、これからの日本企業が備えるべきDX推進人材のポートフォリオを、より高い解像度で提示することを試みた。デジタル人材需要推計の解像度を高める3つの視点

目次

デジタル人材需要推計の解像度を高める3つの視点

日本がDXを実現させていくに当たって、どの程度のDX推進人材が必要になるのか。当社では、AI・IoT・ロボティクスといった中核的なデジタル技術の導入によって結果的に生み出される雇用や、効率化・省人化によって減少する雇用の推計を行っている。この結果、DXシナリオの実現によって2035年までに970万人相当の省人化と470万人相当の雇用増をもたらすとの試算結果を得た※1(図1参照)。

図1 DX実現は970万人の省人化と470万人の雇用増をもたらす
デジタル技術普及シナリオに基づく雇用影響(三菱総合研究所試算)

DX実現は970万人の省人化と470万人の雇用増をもたらす デジタル技術普及シナリオに基づく雇用影響(三菱総合研究所試算)

三菱総合研究所作成

一方、この「470万人相当の雇用増」の中には、DX推進を担う人材もいれば、DXを通じて生まれる事業・産業でデジタル技術を使う側の人材も含まれる。今回のコラムの目的に鑑みると、470万人の中からDX推進人材の需要量を特定し、さらに「どのような役割のDX推進人材が、どの産業にどれだけ必要になるか」をより詳細に示すことが必要だ。今回の分析では、次の3つの視点を考慮し、DX推進人材需要の解像度を上げることを試みた。

1つ目は、デジタルスキル標準(DSS:今回のコラムでデジタル人材要件を示す指針として用いている)に準拠するという「標準化」の視点である。DSSが定める5つの人材類型、15のロール(役割)別に需要を示すことで、各産業に求められる人材像をより明確に示すことができる(DSSと15のロールの詳細については、第1回コラムを参照)。

2つ目は、DXを推進する企業(ITサービスを利用する側の企業:ここではユーザー企業と呼称する)がDX推進人材をどこまで自社に抱えるのかという「内製化」の視点である。ユーザー企業が、自社データを活用して経営課題を特定し事業変革を進めるには、一定数のDX推進人材を自社内に確保することが重要となる。一方で、デジタル技術に精通する人材が不足する中、ベンダーであるIT企業へのノンコア業務(バックオフィス業務や間接業務など、直接的な利益にはつながらない業務)のアウトソースと組み合わせることも有効である。

3つ目の視点は、AIエージェントをはじめとする新たなデジタル技術が、DX推進人材の働き方をどのように変化させるのかという「生産性向上」の要素である。複雑な問題を自律的に解決する能力を備えたAIエージェントは、ホワイトカラー業務の生産性を劇的に向上する可能性を持つと言われている※2。AIエージェントの影響はDX推進人材の働き方にも及び、その需要や要件に変化をもたらすものと考えられる。

不足する「牽引役のスキルを備える人材」の発掘が急務

現在の日本のユーザー産業には、DX推進に必要なスキルを備える人材がどの程度存在するのか。前回のコラムでは、DSSが定める15のロールについて過去5年間の業務量の増減率を示した。ここでは、改めて各ロールの規模を人員換算した業務量で見てみたい。

ユーザー産業を対象に、15のロールに関連するタスク量を積み上げると、2024年には人員換算で約235万人相当、全就業者に占めるシェアでは3.7%に上る。この規模は、米国でのユーザー産業の840万人相当、対就業者シェア5.6%(いずれも2024年)よりは少ないものの、相応の量が存在する。

ここで、日米のDSS関連タスク量をロール別に可視化すると、全就業者に占めるシェアは、ロールによって日米で大きく異なることが見てとれる(図2参照)。

図2 育成・確保を進めるべきはDXの牽引役
日米ユーザー産業のDSS15ロール別規模(対ユーザー産業就業者シェア、2024年)

育成・確保を進めるべきはDXの牽引役 日米ユーザー産業のDSS15ロール別規模(対ユーザー産業就業者シェア、2024年)

出所:IPA「デジタルスキル標準」、米国O*NETデータ、米国労働統計局OEWS、厚生労働省「労働力調査」、リクルートワークス「全国就業実態パネルデータ2019・2024」※3を基に三菱総合研究所作成

日本でのデータエンジニアやフロントエンドエンジニアなどエンジニア系のロールの規模(就業者シェア)は、多く場合、米国の水準に匹敵している。中には、フィジカルコンピューティングエンジニア※4のように米国を上回るロールもある。日本の製造業では、国内の拠点で研究開発を行うことが多く、ものづくりのデジタル化を担うエンジニア層が存在感を示していることがうかがわれる。ただし、クラウドエンジニアについては、例外的に就業者に占めるシェアが米国の半分以下となっている。クラウドコンピューティングの分野では、米国の後塵を拝している状況が見てとれる。

一方、米国に大きく水をあけられているのが、ビジネスアーキテクトやデータビジネスストラテジスト、サイバーセキュリティマネージャーといった、DXを牽引するロールである。これらのロールの規模(就業者シェアで表現される業務量)は、いずれも米国の水準の半分前後にとどまっている。第2回のコラムで示した過去5年間の増減率と合わせて見ると、日本ではDXを牽引する役割の重要性が認識されていないことがうかがわれる。

また、ここで重要なポイントは、図に示されたシェアが「DX推進人材に関連するタスク」を積み上げた数値だということである。1人の人材が担うタスクはさまざまであり、現在はDX推進人材として活躍していない人材の中にも、そのタスクを担うスキルを持っている人材がいるかもしれない。例えば、ビジネスアーキテクトに関連する「組織のメンバーと協議して作業を遂行する」というタスクは、DX推進のためだけに求められるものではない。このタスクを担える人材が、現在はDXとは無関係な役割・業務を担っていることもあり得る。

前回のコラムで見たとおり、DXを牽引するロールでは部門間や経営層との調整や相互コミュニケーションを伴う「連携タスク」が重要な位置づけを持つ。企業がDXを推進する際には、連携タスクを担うための経験とスキルを有する人材を発掘し、デジタル技術を使った業務革新の牽引役に転換していくことが求められる。

重要なのは牽引役の内製化と外力の戦略的活用

日本のユーザー産業がDXを推進する上では、米国と比して大きく人材が不足するロールを担う人材の育成・確保が1つの方向性となる。図3は、2024年時点での日本のDX推進人材の分布を産業別に見たものである。図中の点線は、DX推進人材の対就業者シェアを米国と同水準に高めるために必要な人材規模を示している。

図3 産業別のDX推進人材の分布には偏りがあり育成・確保の方策も多様
ユーザー産業におけるDX推進人材の規模(人員換算、2024年)

産業別のDX推進人材の分布には偏りがあり育成・確保の方策も多様 ユーザー産業におけるDX推進人材の規模(人員換算、2024年)

出所:IPA「デジタルスキル標準」、米国O*NETデータ、米国労働統計局OEWS、厚生労働省「労働力調査」、リクルートワークス「全国就業実態パネルデータ2019・2024」を基に三菱総合研究所作成

米国と比較した場合のDX推進人材の規模は、産業別に大きな差異があることが分かる。製造業や建設業、通信業などはDX推進に必要な業務を担う人材を米国に近い水準で有している一方、サービス業や運輸業、教育業などは米国の水準を大きく下回っている。特に中小企業の割合が大きいサービス業や運輸業などでは、DX推進スキルを持つ人材を獲得するための報酬を用意することは困難であり、また獲得できた場合でも社内に長く抱え続けることは難しいものと思われる。

興味深いのは、産業別に見た日米のDX推進人材規模の違いが、おおむね産業別に見た両国の労働生産性の違いに対応していることだ。化学分野など米国の労働生産性を上回っている製造業ではDX推進人材の規模がおおむね同水準である一方、米国との労働生産性の差が大きいサービス業では米国を大きく下回っている。

このことは、DX推進人材の存在が、産業の競争力に大きな影響を及ぼしている可能性を示唆している。また、公的セクターを含む「その他」でも米国との差が大きい。行政のデジタル化が進んでいない日本の状況を表していると言えよう。

DX推進人材の確保がこのような状況にある日本で、存在感を発揮し得るのがユーザー産業のDXを支えるIT産業だ。日本のIT産業では、過去5年間のDX推進人材の増加率が、ユーザー産業と比較して高いことは第2回のコラムで示したとおりだが、DX推進人材の規模で見ても関連タスク量は100万人を超えている。これは、米国のIT産業の水準(90万人強)を上回っている(図4参照)。特に、ソフトウェアエンジニアの割合が米国と比して大きく、その他の類型でもデータエンジニアやサイバーセキュリティエンジニアなど、エンジニアの人材層が厚いことが見てとれる。ユーザー産業としては、エンジニアの専門知識・スキルが必要なタスクについてはIT産業の��材を活用し、自社ではビジネスアーキテクトを中心とした牽引役の育成・確保に注力することが、DX人材戦略の1つの方向性になるものと思われる。

図4 日本のIT産業のDX推進人材規模は米国に匹敵、特にエンジニア層が潤沢に存在
日米IT産業のDSS15ロール別規模(人員換算、2024年)

日本のIT産業のDX推進人材規模は米国に匹敵、特にエンジニア層が潤沢に存在 日米IT産業のDSS15ロール別規模(人員換算、2024年)

出所:IPA「デジタルスキル標準」、米国O*NETデータ、米国労働統計局OEWS、厚生労働省「労働力調査」、リクルートワークス「全国就業実態パネルデータ2019・2024」を基に三菱総合研究所作成

ユーザー産業がDXを進める中、IT産業側の人材要件も変化する。コア事業、ノンコア事業に関わらずユーザー企業は内製化志向を高めており※5、またレガシーシステムのクラウド移行を進める傾向も強まっている※6。こうした中、IT産業側でも、ユーザー企業の戦略的なビジネスパートナーとしてのコンサル機能や、クラウドネイティブ開発リソースの強化といった打ち手を講じている※7

そこでユーザー企業に求められるのは、自社の事業戦略や経営資源を見極めつつ、真に必要となる役割・職務について内製化を進めるというスタンスだ。内製化志向が高まっていると述べたが、DX推進人材の全てを自前で調達する必要はない。牽引役を中心とするロールを内製化しつつ、育成・獲得が困難なロールは外部人材を活用することも、DX戦略の1つのあり方である。自社が必要なタスク・ロールを担う最適な人材ポートフォリオの構築を、各社各様で探求することが求められよう。

AIがもたらすDX推進人材の要件変化を見極めよ

今後のDX推進人材の需要を展望する上で無視できないのが、AIが働き方に及ぼす影響である。特に、複雑な問題を自律的に解決する能力を持つAIエージェントは、DX推進に関連するタスクにも多大な影響をもたらすものと考えられる。

では、AIエージェントは、DX推進人材のタスクを具体的にどの程度遂行することができるのだろうか。今回、AIエージェントが遂行可能と考えられる業務領域を定義し、DSSの15ロールに紐づけられた計149のタスクについて遂行可能性を判定した※8。その結果、実に7割を超える108のタスクが、「AIエージェントを利用することで少なくとも半分の時間(2倍の生産性)で遂行することができる」と判定された。

例えば、「データビジネスストラテジスト」に紐づく41のタスクのうち、AIエージェント活用により生産性を2倍以上向上できると判定されたのは25タスクである(図5参照)。ここには、「市場または顧客関連データを分析する」「データ分析の適切な方法を決定する」「詳細なプロジェクト計画を作成する」といった中核的なタスクも含まれており、実施頻度を勘案した時間ベースでは、全業務の6割強に影響が及ぶ。仮にこれらのタスク遂行に要する時間が半分に短縮された場合、データビジネスストラテジストのタスクは時間ベースで30%以上縮減され、生産性は1.4倍に向上する。

図5 DX推進人材の生産性はAIエージェント活用により大幅に向上
AIエージェントが遂行可能なタスク(データビジネスストラテジストの事例)

DX推進人材の生産性はAIエージェント活用により大幅に向上 AIエージェントが遂行可能なタスク(データビジネスストラテジストの事例)

出所:IPA「デジタルスキル標準」、米国O*NETデータ、米国労働統計局OEWS、厚生労働省「労働力調査」を基に三菱総合研究所作成

ここで注目すべきなのは、AIエージェントが遂行可能なタスクは、「情報の探索や評価」「データ処理」といったタスク類型に集中していることである。人材類型別に見てみると、意思決定や物理的な業務に加えて、相互コミュニケーションや調整・開発・管理・助言系のタスク、すなわち第2回コラムで指摘した「連携タスク」が、AIエージェントの影響を受けにくいことが分かる(図6参照)。

図6 人の仕事として残るタスクは「意思決定」と「連携」
DX推進人材の類型別タスク構成とAIエージェントの影響

人の仕事として残るタスクは「意思決定」と「連携」 DX推進人材の類型別タスク構成とAIエージェントの影響

出所:IPA「デジタルスキル標準」、米国O*NETデータ、米国労働統計局OEWS、厚生労働省「労働力調査」を基に三菱総合研究所作成

自社戦略に沿った人材確保に向けて今こそ解像度を上げよう

最後に、冒頭に示したDX実現に必要な470万人相当の労働需要のうち、DX推進人材の需要を推計した結果を提示する。推計に際しては、上述した3つの視点を加味している。

1つ目の視点(標準化)については、2024年の米国の産業別・ロール別のDX推進人材シェアを適用して、日本の産業別DX推進人材需要をロール別に割り振った。2つ目の視点(内製化)については、ユーザー産業内のDX推進人材の対就業者シェアを2024年の米国の水準に近づけつつ※9、埋まらない人材需要はエンジニア系のロールを中心にIT産業が補完することを想定した。3つ目の視点(生産性向上)については、AIエージェントが遂行可能と判定されたタスクについて生産性が2倍となる(タスク量の50%が削減される)と仮定し、DX推進人材需要を圧縮した。

その結果、2035年までに新たに必要となるDX推進人材は、86万人相当と試算された。このうち26万人相当については、ロボティクスが絡むDXに係る製造業のものづくり人材であり、DSSの15ロールとは別枠の労働需要となる。また、ものづくり人材を除く60万人のうち、8割強の50万人相当がユーザー産業内で発生するとの結果となった。

ロール別のシェアを見ると(図7下側参照)、製造業ではIoTやロボティクスに関連するフィジカルコンピューティングエンジニアのシェアが高く、非製造業ではビジネスアーキテクトやデータビジネスストラテジスト、サイバーセキュリティマネージャーといったDXの牽引役のシェアが高い。また、IT産業ではエンジニア層のシェアが高めになっており、DX実現に向けたユーザー産業とIT産業の役割分担のあり方が反映されている。

図7 AIエージェントの影響を加味したDX推進人材需要は86万人
2035年時点のDX推進人材需要(三菱総合研究所試算)

図7 AIエージェントの影響を加味したDX推進人材需要は86万人 2035年時点のDX推進人材需要(三菱総合研究所試算)

出所:IPA「デジタルスキル標準」、米国O*NETデータ、米国労働統計局OEWS、厚生労働省「労働力調査」を基に三菱総合研究所作成

ここで示したDX推進人材需要の推計結果は、当社のDXシナリオを基に、タスクベースで可視化した日米のDX推進人材の動向やAIエージェントの影響を考慮したものであり、デジタル人材の育成・確保を検討する上での1つの見方にすぎない。企業がDXを推進する上で、必要となるロールやタスクは各社のDX戦略に応じて多種多様であり、内製化の度合いやIT産業との協力関係もさまざまなパターンがあり得る。今後ユーザー企業が自社のDXのための人材の育成・確保を進める上では、今回のコラムで提示した要素を念頭に置きながら、自社が必要とするDX推進人材の解像度を上げていくことが求められる。自社のDX戦略に連動したデジタル人材を、自社人材が遂行できるタスクや将来AIによって遂行可能となるタスクを見極めながら育成・確保していかなければならない。
ここまでの3回のコラムで、日本のDXを実現するためのDX推進人材をマクロ・セミマクロ的な視点で可視化した。次回以降は、企業でのDX推進事例に基づき、現場で求められるDX推進人材の具体像を明らかにした上で、日本のデジタル人材育成・確保に向けた提言を行う。

 

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