POINT
- リスキリングは従業員が現状を否定するところから始まる。
- 企業は主体性や自律性を尊重して自己変革の支援を。
- 経営層や管理職の丁寧な対応と従業員によるプロセス参画が鍵。
リスキリングは従業員の痛みを伴う
最近、ある大手企業の人事担当者の悩みを耳にした。「経営陣から言われてリスキリング施策を始めたものの、現場との認識ギャップが大きく、実効性のある取り組みになっていない」というのだ。この背景には、会社側がリスキリングの当事者たる従業員への配慮を欠き、巻き込みが不足している実情があろう。
「リスキリングは従業員の痛みを伴う」ことを経営層や人事部門が軽視してはいないだろうか。リスキリングは自己変革を強いる取り組みである。今までにないスキルを獲得する過程は、現在の保有スキルやこれまでのキャリアの一部ないし全てを否定するところから始まるからだ。その原動力は、内面から湧き起こる「ありたい姿を実現したい」との強い感情にほかならない。
一橋大学CFO教育研究センター長の伊藤邦雄氏は「人的資本の本質は能動(自働)的価値創造(伸縮)性にある」※1と述べている。人的資本すなわち人材には、自らその資本の大きさを増減させる能力をもつという、ユニークな特性がある。リスキリングの枠組みを設定して運用する際には、当事者の主体性や自律性への配慮が極めて重要だ。
事業の魅力度向上とキャリア形成への配慮
では、具体的に何が必要なのだろうか。
第1に、明確な経営メッセージを示し、従業員のキャリア形成に配慮することである。会社側はリスキリングを進める際に、企業の成長や新たな事業の推進に必要な人材要件とスキルを明らかにして、それを従業員に学ばせる、という機械的な手順を踏みがちだ。
しかし従業員は機械ではなく、心をもった資本である。リスキリングを求める事業戦略や事業自体が魅力的でなければ応じてはくれない。経営層は情熱をもってリスキリングの必要性を訴えるとともに、安心して自己変革にチャレンジできる環境づくりを進める必要がある。
人事部や事業部の人事担当、ライン管理職がリスキリングの本質を理解して連携した上で、当人が描くキャリアビジョンと組織の視点で期待される役割とを丁寧にすり合わせることなどが大切だ。
制度設計プロセスへの従業員参画
第2に、制度設計プロセスから従業員に参画させることである。リスキリングは本質的には企業主導の取り組みだが、「施策や制度はこちらで用意しました。後は頑張ってください」では、やらされ感が募るだけだからである。
リスキリングを含む人材育成体系の設計および改善のプロセスに従業員が加わることは結果的に、企業側と従業員が共に責任をもって施策・制度を有効に機能させることにつながる。当事者意識が芽生えやすく、施策運用はスムーズになるに違いない。リスキリングの効果も高まるはずだ。
日本企業が持続的成長を実現して企業価値を高めるためには、リスキリングを単なるブームに終わらせてはもったいない。
※1:ProFutureの主催で2023年1月24日にオンライン開催された第13回HRエグゼクティブフォーラムでの発言(人事ポータルサイト「HRプロ」が2023年3月30日に公開した講演録より)。