INSIGHT
DXが企業の成長と生産性向上のカギとなる中、日本企業各社の取り組みは十分だろうか? 本コラムでは、前回までに示した定量分析を踏まえて実施した企業インタビューから得た生の声と、それに基づく考察を通じて、DX推進を牽引するタスクとそこから見える人材像を提示する。変革の最前線に立つリーダー役を担う人材はいるか? DX推進の成否を握る重要なタスクを明確にできているか? これらについて自社の状況に照らし合わせ、今後の取り組みに活かしていただければ幸甚である。
DX牽引人材のタスクと姿の明確化に向けて
前回までのコラム※1で、今後の日本では、DX推進のカギとなる「牽引人材※2」と、その人材が担う調整・コミュニケーションといった「連携タスク※3」が、より重要になっていくことを示した。またDX推進人材の将来需要(2035年時点)のうち、8割強がユーザー産業(ITサービスを利用する側)で発生し、牽引人材への需要が大きいことを明らかにした。
では日本のユーザー産業で重要な「連携タスク」とは具体的にどのようなものだろうか。またDXの取り組みを俯瞰したときにプロジェクト(PJ)の成否を握るタスクとして、連携タスク以外にカギとなるものはないだろうか。そして、それらの検討から見えてくる牽引人材とはどのような人材だろうか。
インタビュー調査から紐解く、牽引人材が担う連携タスクの実態
そこで当社は、牽引人材が実際に行ってきた業務から連携タスクのイメージを明らかにするために、DXを推進するユーザー企業計12社のキーパーソンを対象※4としてインタビュー調査を実施した。具体的な調査内容は、キータスクや推進人材に求められる要件、推進人材の確保・育成上の重点施策や対応策などである(調査実施期間:2025年5~6月)。その結果、前回までの定量分析結果から想定した通り、いずれのインタビュー対象者も、「連携タスクに取り組む牽引人材」としてDXを推進していた(定量分析結果はコラム第3回を参照)。また一言で「連携タスク」と言っても、実際の業務内容は、業種、企業規模や対象者の立場によって多様であることが分かった。
連携タスクのイメージをより詳しく明らかにするため、12社の中から「連携タスクが多様であること」「連携タスクがDX推進のカギとなること」が端的に伝わる3社(3名)を取り上げ、それぞれの取り組みの詳細を紹介したい。なお、この3名は、大企業DX部門管理職、中小企業コーポレート部門管理職、大企業DX部門担当者という方々である。
①大企業DX部門管理職
1人目は、業務改革をミッションにDXを推進する大手電気機器メーカーのDX部門副部門長である。DXによるプロジェクト管理システムや顧客データベースの機能強化、業務プロセス改革の牽引役を担う。部分最適に陥ってしまっている現状を経営層に指摘し、自ら業務プロセスの全体図を描き、経営承認を得て重点施策を推進している。ユーザーである営業部門や事業所の協力獲得に労力を惜しまず、経営層への定期報告による理解維持にも十分に気を配っている。また、業務プロセス分析と要件定義がメーカーのコアコンピタンスに直結すると考え、そのための人材育成を推進している。さらに、外部コンサルや他社の実践者とのネットワークを通じ知見を獲得し、事業に活かしている。
とりわけ大企業のDXでは、現状維持志向からの脱却、新たな取り組みに対する経営層の承認と継続支援、現場を動かすためのユーザー部門の理解、先端の知見に基づく判断がポイントになる。この事例では、経営層、現場部門、外部などさまざまな主体との調整・コミュニケーションに関わる連携タスクを通じ、これらを実現している。
②中小企業コーポレート部門管理職
2人目は、従業員100人未満の金属製品メーカーの総務部長である。同社の製品を配送する上で、これを担う運転手が経験に基づいて設定する配送ルートが非効率であることが問題であった。これを解決するために既存のソリューションを探索したが見つからなかったことから、大学と共同研究により、配送業務最適化システムを開発・導入した。同総務部長は、自ら共同研究先の大学院でデータサイエンスを学び、大学との連携関係を深めるとともに、知見を業務に活かしている。また、「DXテーマを発掘する人」と「会社の課題をきちんと拾える人」の育成に向け、社員の発意を掘り起こす場を定常的に設定。現場のニーズ/課題を収集・判断し、DXのテーマに仕立てている。そして、これら一連の施策を、DXによる事業創造を目指す経営者と二人三脚で推進していることも特徴である。
DXの経験の少ない企業では、自社にない技術の獲得や、継続的にDXを生み出せる組織づくりがポイントになる。この事例では、大学という外部パートナーとの連携、社員の発意の誘発、経営者と一体となった施策推進などを、連携タスクを通じ実現している。
③大企業DX部門担当者
3人目は、大手化学メーカーのDX部門担当者である。同氏は、事業所の生産プロセス改善を伴走支援し、BIツールを導入し、業務を可視化し改善につなげた。事業所メンバーとPJチームを組成し、PJメンバーを指導・育成しながら、現状の可視化、データ活用策検討、ツール選定・導入・利活用などの一連の活動を推進した。また、事業所間で開発成果を共有できるプラットフォームを用意し、活用促進や相互刺激の機会を整備した。
DX部門支援による事業所改善では、DXの目的に対する事業所の理解を得、事業所社員を育成していくこと。あわせて、データを活用した課題改善策を立案・実施し、成果を他事業所に普及していくことがポイントとなる。この事例では、事業所の協力獲得、社内ユーザーも兼ねるPJメンバーの指導・育成と協働、事業所間の連携促進などを、連携タスクを通じて実現している。
ここまで見てきたように、定量分析で重要性を示した連携タスクは、実際のDX推進の中で、さまざまな形で重要なタスクとして実践されていることが分かる。上記以外の事例も踏まえ、牽引人材が担う連携タスクを一般化したものを下図に示す。牽引人材は、経営層、ユーザー/顧客、PJメンバー、外部パートナーそれぞれに対し、連携タスクを実践しDXを推進する※5。その際、各社のなりたい姿、そこから導き出される経営課題に従い、一貫性をもって連携することで、取り組み全体が整合した形で強力に推進されていくことになる。
図1 牽引人材が担う連携タスク
三菱総合研究所作成
連携タスクを含む12のキータスク(3つのD)がDXの成功を支える
定量分析で重要性を示した連携タスクが、実際の取り組みで重要なタスクとして実践されていることが実証された。しかしその一方で、今回の事例調査から、DXを推進する上で必要なタスクはそれだけではないことも明らかになった。
つまり、連携タスク以外のタスク(情報取得、データ処理、推論・意思決定などに関わるタスク)も含めて一体的に行われる牽引役の業務(以下、「キータスク」)が、DXの成否を握っているのである。
そこでインタビューに基づき、連携タスク以外も含めた12のキータスクを整理し、「3つのD」、すなわち課題発掘(Discover)、計画策定(Design)、価値実現(Deliver)の3つに大別した(図2)。この3つのDは、DX機会の発見から事業の成長まで、DXを推進していく上での段階を示している。図に示すように、連携タスクは各キータスクで重要な役割を果たす。ここではキータスクの実態を明らかにするために、特色ある実践例や複数のインタビュー対象者から得られた見解を以下にいくつか紹介する(括弧内は対象企業の業種)。これらから、キータスクを起点に組織に変革をもたらすための要諦が見えてくる。
図2 DX推進におけるキータスク
三菱総合研究所作成
①課題発掘(Discover)
社内外の知見を収集し、経営課題や社会課題とDXの接点を見出し、現状(As is)とあるべき姿(To be)を明らかにすることで、解決すべき課題を発掘・明確化する段階である。これに関わるタスクの実践として、「社内に業務改善に関する委員会を複数立ち上げ、そこで挙がった意見を掘り下げてDXのテーマを発掘する」(製造業)、「社外専門家ネットワークを恒常的に蓄積し、最新の技術情報を仕入れ、基幹システム刷新の方向性を定める」(卸売業)、「インタビューを重ね、社会課題とそれに対応できていない業界の現状のギャップからアイデアを抽出する」(情報サービス業)などが事例から得られた。
また、アイデアを具体的なプロジェクト計画に落とし込む際に、データの流れに着目した上で「As is/To be」を可視化できるかが、その後の成否に大きく影響する。業務プロセスが複雑化している中、As isを解きほぐし、To beを可視化するのは難しい。これについては、「データに着目し現場をよく見て、用いているデータが意味のあるものか突き詰めて考え、現場に確認して検証しTo beを可視化する」「DX部門や生産技術センターが事業所と伴走し、上位戦略と現場課題解決が両立する事業デザインを描く」「部分最適に陥らず全体最適を実現するため業務フローの全体設計図を作成する」(いずれも製造業)などのタスクが見られた。なお、To beの可視化については、「As isの解像度をDX部門が伴走して徹底的に上げ、To beの議論につなげる」(製造業)といった実践例も示された。
これらは製造業の既存業務高度化・効率化の事例だが、例えばサービス業の新事業開発でも、可視化の対象を顧客の業務プロセスやUXに置き換えれば同様に重要なタスクであると言える。
②計画策定(Design)
次の段階は、上位のDX戦略を前提に事業計画を策定し、承認を得、意図を浸透させることである。計画が具体的であればあるほど、その後の取り組みの質と速度が向上する。「DXで業務効率化・生産性向上」という経営ビジョンを踏まえ「基幹システムのクラウド化」を計画した例では、解像度の高い事業計画によって、計画意図に即した実装やKPIベースのマネジメントを実現している(卸売業)。この事例では、経営視点に立ったCIOが立案を主導し、計画意図をPJ関係者に繰り返し伝え続けるタスクを担った。逆に、経営メッセージが具体的な計画に落とし込まれずに現場の判断に委ねられるケースでは、このようなタスクは機能しておらず、部分最適にとどまり効果が限定的となった(複数)。計画策定の段階では、その担い手としての経営企画部門や、経営企画の計画を事業部計画として描き出す事業部管理職のタスクの重要性が指摘された。
③価値実現(Deliver)
(1) 開発
内製/外製を判断し、リソースを調達し、要件を定義し、協働によりQCDRをマネジメントする段階である。ここでは、自社のリソースと事業の将来展開を見据えた上で、どこを内製化し、どこを切り出すかを判断するタスクが重要である。
事例からは「将来展開を見据えコアコンピテンスを握るため、要件定義(システム充足要件の明確化)とアルゴリズム開発はすべて内製化が基本方針」「運用でデータを扱う中で次のDXのタネが生まれるため、運用の一定の内製化まで見通してIT企業との役割分担を設定すべき」(いずれも製造業)といった方針が見られた。DXの目的は自社の変革であるため、IT企業を活用する場合も常に自社が主導すべきという考えや、要件定義までは内製化含め自社で主導的に実施すべき、といった意見が多数を占めた。このようにこの段階では、システム要件やアルゴリズムを自社主導で定義するタスクや、IT企業との役割分担を設定するタスクが重要になると考えられる。一方、「基幹システムの内製化の是非は高い安全性・信頼性確保の実現性を踏まえて判断する」(サービス業)など、対象システムにより異なる判断も示された。内外製の判断や開発プロセス設計では、急速に進化するAIに伴うタスク変化に応じ、今後、さまざまな動きが生まれてくると考えられる。
(2) 導入・拡大
開発したシステム/サービスを導入し、評価・改善を経て、次のステップとなる成長プランを作成する。また、取り組みの教訓を共有し、人材育成の見直しを行う段階であり、これらのタスクはいずれも重要となる。この段階は、ローンチ後のサービス/システムを価値に変換し成長の道筋をつけるという意味で重要である。
蓄積されるデータを活用し生産プロセスを改善する取り組みでは「ERPシステムを導入しデータ活用環境を整備」(製造業)する事例が見られた。また、継続/成長に向けては、「導入後の運用は事業部主導だが、次企画検討の段階でDX部門が伴走」(製造業)、「複数の顧客ニーズを総合的に判断し優先順位をつけ投資判断している」(情報サービス業)という取り組みがあった。
一方、新たな取り組みは、その成果が出るまでに時間を要する。DX推進に対して継続投資を得るための改善/成長プランの作成、経営層理解を得るための日常的なコミュニケーションなどのタスクの重要性は複数から指摘された。
3つのD:真のDX推進人材とは新しいコトを興す変革人材
今回取り上げた事例では、DX推進に必要なキータスクが、各社の事情や問題意識に基づくさまざまな具体的活動として展開されていた。また牽引人材がDXを進める上では、経営層が変革マインドに基づきDXビジョンや戦略を明確に示し、強いコミットメントのもとで牽引人材と一体となって推進することが必須であることが分かった。
このような理解の上で、改めてキータスクを見ると、「3つのD(Discover・Design・Deliver)」は変革を駆動するエンジンに見えてこないだろうか。DXはその名の通りデジタル技術による変革である。デジタル技術の理解や活用力は変革を加速させ、失敗確率を低下させる不可欠な要素である。しかし先駆者たちの経験・主張を踏まえると、より本質的に求められているものは、組織で新しいコトを興すための3つのDであったことを最後に強調したい。
図3 DX推進の変革ドライバー
三菱総合研究所作成
一方、調査対象とした先駆企業の多くでは、キータスクはわれわれのインタビューを通じて言語化されていった印象を受けた。おそらく、キータスクは、試行錯誤の中でキーパーソンの頭の中に暗黙知として蓄えられ、行動に移されてきたものと思われる。
DX推進を後押しするためには、各社の状況に応じてキータスクや牽引人材像を明確化し、それに基づく人材の育成・確保が必要である。一方で、それは言易行難である。次回のコラムでは、今回示した牽引人材を含むDX推進人材について、企業での人材育成・確保策を提言する。
※1:DX推進のカギは、人材要件の可視化にあり デジタル人材の解像度を上げる 第1回(MRIエコノミックレビュー 2025.5.26)
日米比較で捉える、日本のDX推進の人材課題 デジタル人材の解像度を上げる 第2回(MRIエコノミックレビュー 2025.6.12)
独自推計で捉える、日本のDXを担う最適な人材ポートフォリオ デジタル人材の解像度を上げる 第3回(MRIエコノミックレビュー 2025.6.27)
※2:本連載では、デジタルスキル標準(DSS)の推進人材15ロールのうち、ビジネスアーキテクト、データビジネスストラテジスト、サイバーセキュリティマネージャーを牽引人材と呼ぶ。
※3:「調整・開発・管理・助言」と「相互コミュニケーション」に関するタスク。業務を進める上での連携や調整、協業を必要とするタスクであり、「メンバーと協力して設計仕様を決定する」「業務を促進するためステークホルダーとのビジネス関係を強化する」「スキルを向上させるため人材を育成する」といったタスクを含む。
※4:キータスクや人材要件は、各社の状況(推進体制、取り組みの種類、利用可能なアセット、業種など)により異なると考え、そのバランスに配慮して選定した。
※5:なお、ここでは牽引人材に注目したが、牽引人材以外の推進人材においても、補佐あるいは一部実施などにより連携タスクを担っていくことが重要と考えられる。