人材ギャップ(Asis-Tobe)

経営戦略に沿った人的資本投資で「なりたい会社」になる 第4回:すかいらーくHDの事例にみる戦略的人的資本投資

すかいらーくHDは、20を超える外食ブランドと全国に約3,000店舗を有する一大レストランチェーンである。コロナ禍からの回復を受け、最近では新ブランドの開発やM&Aなどを通じた積極的な出店戦略を展開している。インフレ環境下でも、顧客満足度を上げ、売り上げの向上を図ることで成長を目指している。その人的資本投資の特徴は、従業員満足度を起点に、品質・サービス向上→顧客満足度の向上→企業収益の拡大という好循環に取り組んでいる点である。

目次

すかいらーくHDの経営戦略

【STEP1 経営戦略策定】

すかいらーくホールディングス(HD)は、全国に約3,000店の店舗を展開する外食企業グループである。その業態の性質から、昨今の労働力不足の影響を大きく受ける企業の1つで、レストランを運営するための店舗スタッフの確保が、ビジネスを継続する上で最も重要な課題であると認識している。そのため賃金の引き上げなど雇用環境の改善を通じて、人材確保を図るとともに従業員のモチベーションを高め、それを出発点にして、顧客への提供価値向上や売り上げの拡大へとつなげる戦略を打ち出している(図1)。

またコスト削減のみで利益を生み出せたデフレの時代が終わり、顧客満足度(CS)の向上を通じた売り上げの拡大が求められる時代になっていると捉えている。そのため各店舗でのCSや来店頻度を向上させるために、「人的資本の充実」を重要な経営課題として位置づけている。その観点からも、従業員の賃上げを実施し、従業員のモチベーション向上に努めている。それによって接客サービスの質や労働生産性の向上につなげ、顧客の体験価値を高めることで、来店頻度の向上をもたらすと考えている。

こうした中で、顧客体験価値を高めるための取り組みを2つ紹介したい。

1点目は、店舗DX(デジタル・トランスフォーメーション)とロボットの導入を通じた、従業員が顧客サービスに向き合う時間余力の創出である。同社は店舗オペレーションの負荷軽減を目指し、店舗DXを進める経営方針へと切り替えた。この店舗DXでは、労働力不足への対応はもちろん、店舗クルーが顧客サービスに注力できる環境をつくることに主眼が置かれており、CSを高める工夫が凝らされている。代表的なものがネコ型の配膳ロボットである。顧客のテーブルに配膳・下膳を行うロボットで、愛くるしい見た目もあり子供たちにも人気を得ている。配膳・下膳をロボットに任せることで、店舗クルーは顧客との会話や清掃などに注力できる。

2点目は、現場マネジャーへの権限移譲である。店舗の状況を踏まえた柔軟な対応を可能とすることで、CSを高めている。例えば、繁忙となる週末にサービスの質の維持・向上を図るため、権限移譲により現場マネジャーの判断で店舗クルーを増員できるようにしている。これにより週末の待ち行列を減らしてCSを高め、さらに収益力向上にもつなげている。

図1 人的資本への投資による企業価値向上サイクル

出所:すかいらーくホールディングス「統合報告書 2023年12月期」を基に三菱総合研究所作成
https://ssl4.eir-parts.net/doc/3197/ir_material_for_fiscal_ym18/157096/00.pdf(閲覧日:2025年5月23日)

すかいらーくHDの人材戦略

【STEP2 経営戦略を実現するための人材像の設定】

上述の経営戦略を実現するために、店舗系人材とDX人材をどのように育成しているのだろうか。

同社の職種のうち最も人数が多く、かつ業績に直結する人材が店舗系人材である。1名の店舗マネジャーが、30~50名のクルーとともに店舗を運営しており、店舗マネジャー職の育成・確保が成長のカギとなっている。優秀な店舗マネジャーを育成・確保できなければ出店戦略や既存店売上高に影響が出るため、店舗系人材の中でも非常に重要な職種であり、経営戦略を実現する人材として位置づけている。

次にDX人材である。DXを成功させるためには、現場の困りごとを理解し、DXの専門知識のアイデアを組み合わせることが必要であると結論づけている。そのため、DX人材の育成では単にデジタルの専門スキル修得だけではなく、店舗オペレーションへの理解度向上も重視している。店舗の困りごとは、デジタルのみでなく、ルールや仕組みの改善といったアナログによる手法も効果的な場面があり、あらゆる視点から考える力を育てている。

【STEP3 人材像に基づく社内人材の可視化】

上記のような人材像の確保・育成のための人的資本投資の一環として、従業員の情報を一元化し、スキルギャップや不足する人材を可視化するためにタレントマネジメントシステムを導入している。このシステムにはこれまでの異動履歴、人事評価、従業員アンケート、キャリア申告情報などのデータが格納されており、これを活用することで、より効果的な従業員の育成と配置を実現している。

【STEP4 不足する人材のギャップ解消施策の実施】

2024年6月に定めた中期事業計画では、3年間で国内300店の出店を目指している。この目標を達成するために、CSを引き出せる店舗マネジャーと店舗クルーの採用・育成を重要課題として捉えている。

店舗系人材は、入社後に店舗マネジャー職を目指すことが一般的なキャリアである。しかし、店舗マネジャーになるために必要なスキルは多岐にわたり、接客サービス、キッチン調理、店舗運営計画などの幅広いスキルを修得する必要がある。これらのスキルを体系的かつ効率的に修得するために「マネジャーステップアッププログラム(MSP)」と呼ばれる研修プログラムが用意されている。このプログラムを受講した従業員は平均して2~3年での昇格が可能となっており、マネジャーの早期育成の仕組みが整っている。

CSの向上にはエンゲージメントの高い店舗マネジャーの存在が欠かせない。そこで業績インセンティブ制度を導入し、目標売上予算を上回った金額の一部を店舗のマネジャーや営業部長に還元する仕組みを導入している。また評価制度を見直し、業績のウェイトを減らして、CSのウェイトを高めた。その一環としてCSの測定指標自体も変更している。具体的には、サービスの満足度をQSC※1評価ではなく、友人・知人にサービスの利用を勧めるかを尋ねるNPS※2評価に変更している。

2025年4月より、正社員を対象にした新人事制度改定を実施。役職で給与の上限を設ける従来の制度を撤廃したほか、専門職を目指すエキスパートのキャリアを設け、一人ひとりの能力を最大化している。そのための資格取得を支援する制度も拡充する。

店舗マネジャーだけではなく、店舗クルーの採用も強化している。クルー不足は、店舗で来店客を長く待たせるなどの課題に直結するからである。採用強化の一環として、これまでサービス労働市場に参加しにくかった外国籍や高齢の従業員が働きやすい環境を整備している。具体的には前述の店舗DX施策の一環としてセルフレジや配膳ロボットを導入。レジでの複雑な日本語のやり取りを減らしたり、重い料理の配膳・下膳の負荷を軽減したりしている。店舗オペレーションの負荷を減らすことが、店舗クルーの採用・定着につながっている。

すかいらーくの人的資本投資ストーリーを読み解く

以上みてきたように、すかいらーくHDの人的資本投資は、従業員満足度の向上を起点としている。このような戦略は、従業員の確保が難しくなっている日本の労働市場で、企業がCSだけではなく従業員の満足度も高めなくてはいけないことを示している。企業は、顧客に対して提供サービスの価値を示すと同時に、従業員に対しても就業の場としての価値を提供することが求められている。

特に戦略として特徴的なのは、現場課題に精通したDX人材の活用である。店舗オペレーションの深い理解をDX人材の要件と定め、徹底的に店舗に向き合わせることで、現場業務の課題を解消し、店舗系人材が業務を行いやすい環境を構築できている。それを顧客満足につなげ、結果として売り上げの拡大につなげるストーリーを実践しているのである。

今回のコラムで紹介した取り組みの結果として、2023年12月期の売上高人件費率は33.1%、2024年12月期には32.6%となっている。これは、コロナ禍であった2021年12月期の40.2%から大幅に低下しているだけでなく、インフレが始まる前の2019年12月期の実績(34.7%)をも下回る水準となっている。積極的な賃上げと追加の人材配置で人件費総額を増やしながらも、オペレーションの効率化を進めることで収益力を高めた同社の人的資本投資ストーリーの成果が、経営指標からも確認できるのである。

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